【キングダム】王賁(おうほん)は史実で実在したの?モデルの正体や功績まとめ!

キングダムでは、王賁(おうほん)は王翦将軍の息子であり信のライバルとして要所で登場する主要な人物ですよね。

王家の後継ぎとして重責を担っているためか気難しい性格ではありますが、義に厚く仲間思いのところもカッコイイと評判です。
 
 
読者人気も高い王賁ですが、王賁が実在した人物なのか気になりませんか?
 
 
今回は、王賁のモデルになった人物の正体に迫りたいと思います!

また、史実における王賁の功績についてもまとめてみました。

【キングダム】王賁の人物像を解説!

初登場シーン

出典:https://fika-fika.net/

キングダムに王賁が初登場したのは17巻。秦趙同盟直後の魏攻略戦でした。

王賁はきらびやかな甲冑に身を包み、農民歩兵の集まりの飛信隊を見下してバカにしたような態度をとっていましたよね。

初登場時は表情の読めない能面みたいな顔だったので、こんなに人気のキャラクターになるとは思ってもみませんでした。

著雍攻略戦

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魏の著雍(ちょよう)を攻略する戦いは、王賁の軍略と武力が光った戦いでしたが、父親との微妙な関係も描かれていました。
 
 
著雍を取るために王翦軍に援軍の要請を出そうとする騰に、王翦軍を呼ぶのはやめるように進言し、自分が考えた作戦を伝えます。

王翦軍を呼びたくない理由に多少の私情が入っていることを認めた王賁ですが、戦いの場でも父親を強く意識している言動が多く見られました。
 
 
魏火龍の「槍の紫伯(しはく)」との戦いで、格上の紫伯には敵わないと関常が撤退を要求します。

「このままでは大敗の原因を作った戦犯としてその名を汚すことになる」
「なぜそんなに生き急ぐのか」と。

紫伯の攻撃で深手を負った王賁は、撤退しようとする隊員に宣言します。
 
 
「大いなる勝利を手にし続けねば中華に名を刻む大将軍には決して届かぬ」

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「夢だ何だと浮ついた話ではない」
「これは王家の正統な後継ぎとしてのこの王賁の責務だ」
 
 
この言葉で関常は、なぜ王賁が無謀とも思える戦いを続けるのかを理解しました。

王翦は王賁を自分の子ではないと疑っていて、そのことに王賁も気づいているのだと。
(王賁と父親の王翦との確執は、鄴攻略戦の朱海平原の戦いで明らかになります。)
 
 
自分が大将軍を目指すのは、正統な後継ぎであることを認めさせたいからと言い切った王賁。

立派だと思いますが、ちょっと悲しいですよね。
 
 
信が「大将軍になる」と語る場面はもっとキラキラしています。

王賁は、無邪気に夢を追っている信にイラっとする反面、うらやましく思っているのかもしれませんね。

鄴攻略戦


 
趙の鄴攻略戦、朱海平原の戦いは王翦軍からの援軍も期待できず兵糧も尽きかけた絶望的な戦いでした。

王賁は信に、玉鳳隊と飛信隊の覚醒無くして勝利はないと断言。

2人はどうしたら隊を覚醒させられるのかを考えましたが結局結論は出ませんでした。
 
 
しかし、2人とも仲間に語りかけることで隊の覚醒に成功します。

「百人隊から始まったがこんなところで終わるわけにはいかない!」
「大将軍になるために力を貸してくれ!」と。
 
 
大将の信と隊員が対等な関係の飛信隊とは違い、主従関係にある玉鳳隊は本来、王賁の命令でもいいわけです。

しかし「友よ、力を貸してくれ」と語りかけた王賁。

本来の人柄がよく分かる感動的なシーンでしたね。

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堯雲(ぎょううん)軍との戦闘では、王賁が落馬した番陽副長を助けるために死地に引き返す場面があります。

また、堯雲軍の「雷獄」という戦術からやっと抜け出せた王賁が、自分をかばって深手を負った関常を助けに「雷獄」に戻ってしまう場面もカッコイイですよね。
 
 
瀕死の重傷を負って意識がない状態でも、王賁が「飛信隊」という言葉に反応していることから、王賁が信を強く意識していることが伝わってきます。

信は偶然にも王賁と王翦の確執を知ってしまいましたが、番陽副長が願うように信が王賁の孤独な心に寄り添ってくれればと思います。

そして願わくば王賁が父親との確執を解決し、大将軍への夢を真っ直ぐに追いかけられるようになってほしいですね。

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キングダムの王賁の人物像をまとめると、生まれも育ちも良く、知力と武力にも優れている仲間思いの大将です。

しかし孤独な一面もあり、父親との関係がどうなっていくのかも気になるところです。

【キングダム】史実から読み解く王賁のモデルの正体は?

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結論から言うと、王賁のモデルの正体は実在した秦の将軍王賁です。
 
 
『史記』には、

王賁は、王翦の子で中国戦国時代から秦代にかけて活躍した秦の将軍である。
魏・燕・趙・斉を滅ぼして、秦の天下統一に貢献した。
と記されています。

キングダムの王賁のキャラクターは、史実に忠実に描かれていることが分りますね。
 
 
また、史記によると、王賁将軍は、李信(りしん)将軍や蒙恬(もうてん)将軍とともに秦の天下統一に大きく貢献したことが記されています。

そう、李信将軍、蒙恬将軍とは言うまでもなく信と蒙恬のモデルになった人物です。
 
 
史記に功績が記されている最初の年は、李信が紀元前229年、蒙恬が紀元前225年、王賁が紀元前225年と同時期に歴史に登場しています。

もしかしたら、キングダムのストーリーと同様に、同年代の3人が切磋琢磨しながら武功を挙げていったのかも?と思うとロマンを感じますね。

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ちなみに王賁の父親である王翦将軍のモデルの正体も実在した王翦という人物です。

史実の上では、王翦将軍は頭の切れる軍略家であったと同時に忠誠心も厚い人物だったようです。
 
 
キングダムでの王翦は、軍略には優れていますが自分が王様になりたいという危険思想の持主として描かれていますよね。

キングダムの作中で、王翦の野心が政の中華統一の夢にどう影響していくのかも興味深いです。

【キングダム】実在した王賁の功績は?

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王賁のモデルの正体は実在した人物だったことが分りました。

史記に記されている王賁将軍の功績を年表にまとめてみました!


紀元前226年   燕都の薊を陥落させた
紀元前226年   楚を攻めて10以上の城を落とした

紀元前225年   黄河の水を魏都の大梁に引いて包囲し、魏を滅ぼした

紀元前222年 燕の遼東を攻め、燕王喜を捕え、燕を滅ぼした
紀元前222年 代(趙の王族が趙滅亡後に建てた国)を攻めて代を滅ぼした

紀元前221年 李信、蒙恬と共に斉都の臨淄を包囲し、斉王建を降伏させ斉を滅ぼした
紀元前221年 秦が天下を統一を果たした

紀元前219年 この年の始皇帝の東方巡幸に随行
紀元前219年 始皇七刻石の一つである瑯琊台刻石に息子の王離と共に名前が刻まれた
 

年表の功績をまとめると王賁のモデルの正体である王賁将軍は、秦の天下統一に大きく貢献した人物だと分かりました。

また、史実を見ると王賁のモデルになった王賁将軍がキングダムの王賁に負けず劣らず、知力に優れていたことも分かります。
 
 
とりわけ気になったのが、紀元前225年の魏を攻めた時の軍略です。

黄河の水を魏の都、大梁に引いて水攻めで勝利を収めています。
 
 
こんな漫画みたいな出来事が本当にあるのですね。

この戦いがキングダムでどう描かれるのかワクワクします!

まとめ

出典:https://manga-netabare-kanso.com/
 
キングダムの王賁は、名門王家の後継ぎとしての重責を抱えながらも、仲間思いの大将に成長しています。

実在した王賁将軍も名家の後継ぎとしてプレッシャーを感じていたことでしょう。
 
 
史実にある、王賁のモデルになった王賁将軍の功績は、キングダムではこれから描かれていくと思います。

実在した王賁将軍の功績をまとめて知ると、これからの王賁の活躍がさらに楽しみになってきました!

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