キングダム作中において、信や王賁のライバルであり、楽華隊を率いる蒙恬。
王賁と同じく名家の生まれですが、フランクで軽い性格で、真面目でストイックな王賁とは対照的な性格をしています。
一方で、その軍略や統率力は確かなもので、○○隊を持つ3人の中でもいち早く昇進をしている人物でもあります。
今回はその蒙恬が史実で実在していたのか、モデルや正体は誰なのか、その功績についてご紹介します。
キングダムの最後まで活躍する人物のはずですので、ぜひご覧ください!
【キングダム】蒙恬は史実で実在したのか?モデル、正体は何者なのか?
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蒙恬は史実で実在する人物なのか?についてです。
結論、蒙恬は実在しており、祖父の蒙驁(もうごう)、父の蒙武、弟の蒙毅(もうき)も実在の人物です。
三代にわたって秦国へ仕えたエリート一族ですね。
蒙恬は秦が中華統一した後まで存命しております。
七雄最後の国、斉攻略においては李信・王賁と共に指揮を執った人物ですので、『キングダム』でもメインキャラクターの1人として描かれているのでしょう。
ちなみに元々は文官であり、のちに武官へ転身をしているエピソードも残されており、キングダム内でもその会話がかかれています。
では史実ではどんな活躍を見せた武将だったのでしょうか?
【キングダム】蒙恬の史実での功績。あの世界遺産も蒙恬が作った!?
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①李信と共に楚国へ攻め込み、大敗をする。
②最後の七雄、斉へ攻め込み中華統一を果たす。
③中華統一後は北方民族、匈奴と戦いに明け暮れる。
④権力闘争に巻き込まれ無念の最後へ。
それでは史実における蒙恬の功績についてみていきましょう。
キングダムでは序盤から登場していますが、史実では意外にも紀元前225年から表舞台に現れます。
その年はすでに韓、趙、魏は滅びていますので、原作(2020年8月段階)ではまだまだ追いついていない時期です。
李信と共に楚国へ攻め込み、大敗をする。
キングダムファンであれば同作の中でも壮絶な戦いになると予想しているであろう、信が7人の武将を失うほどの大敗を喫する戦いです。
蒙恬は史実では李信の副将として従軍しています。
戦争当初は連戦連勝で楚国の首都まで攻め入る活躍を見せます。
しかし、三日三晩という強烈な追跡をしてきた楚国の大将軍項燕の奇襲にあい、壊滅的な打撃を受け大敗してしまいます。
ちなみにその後、王翦と父親の蒙武によって楚は制圧されることとなります。
この史実だけでは「蒙恬って無能なんじゃないのか?」という疑問も出るかもしれませんね。
蒙恬の本領発揮はそのあとからになります。
最後の七雄、斉へ攻め込み中華統一を果たす。
紀元前221年に、すでに戦国七雄のうち5国を滅ぼしてはていた秦は、中華統一の総仕上げとして、斉へ攻め込みます。
その時に指揮権を渡されて武将が「蒙恬」「李信」「王賁」の3将軍です。
斉攻めにおいては、楚の時と違い、順調に勝利を重ね斉王・王建を降伏させます。
これをもって、秦の中華統一は達成されました。
最後の戦いを任されることからも、蒙恬は史実でも政から高い信頼を得ていたことがわかります。
その後、「内史」という役職を賜ります。
ちなみに内史はふぁるふぁるおじさんこと謄の最終的な役職でもありますね。
中華統一後は北方民族、匈奴と戦いに明け暮れる。
中華統一後は北方民族の匈奴征伐軍の責任者に任じられます。
歴代の中華の国家はいつも匈奴との戦いに頭を悩ませていましたので、国防の観点からも非常に重要に役目であったと考えられますね。
蒙恬は紀元前215年に匈奴に大勝し、中華のさらに北方へ追いやることにも成功しています。
加えて、匈奴との境界線を明確にするために、長い城壁を築きます。
これが現在世界遺産にもなっている万里の長城です。
また、同時期に蒙恬は政の息子である扶蘇のお目付け役の立場にもなっています。
蒙恬の功績が認められているエビデンスでもありますが、これが蒙恬の死の一因となってしまいます。
権力闘争に巻き込まれ無念の最期へ。
史実での始皇帝(政)は中華統一後にはその非情さが際立つようになり、焚書坑儒のような苛烈な政策や大量虐殺をしていました。
太子である扶蘇は聡明な人物で、度々父親である始皇帝を諫めていたと言われています。
その行為が始皇帝から不興を買い、北方の僻地である蒙恬の駐屯地へ送られてきました。
始皇帝の死後、蒙恬の運命は大きく動くこととなります。
当時秦国内で権力を握っていた趙高らは扶蘇でなく、弟の胡亥を擁立したいと考えていました。
始皇帝の死後、蒙恬と扶蘇のもとへ自害を命じる詔が届くこととなります。
もちろんすでに始皇帝は死去していますので、趙高らの策略でした。
当時北方へいた蒙恬と扶蘇は始皇帝の死の情報が届いておりませんでした。
扶蘇は潔く自害をし、蒙恬はその命に疑問を持って抵抗したものの、即位した胡亥からの自殺の命を受けて、自害することとなります。
死の際には「何の罪があって死なねばならないのか」という意の言葉を残しているように、無念の死であったのではないでしょうか。
キングダムで描かれている今の状態からはなかなか想像しがたい最期ですね。
まとめ
楽華隊の蒙恬についてご紹介しました。
最近の服装はもふもふの毛皮をかぶっていますね。
余談ではありますが、獣の毛を集めて筆を作ったのは蒙恬という説もあり、晩年は北方を拠点にしますので、その伏線なのではないかと考えられます。
キングダム作中で描かれるように、史実でも優秀な武将であったことが想像できるのではないでしょうか。
史実では悲しい最期を迎えることになるのですが、作中でどこまで描いてもらえるのかがとても楽しみなキャラクターですね。
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